WAKEフィジカルトレーニング

ミドルエイジからのワークアウト

研究のアイデアはどこから?

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今日でゴールデンウィークは終了ですね。私も明日から仕事です。29日と30日の休みも仕事でして、ゴールデンウィークのしわ寄せが来ております(笑)。私の場合は自分の好きなことをしているので、まあそれは仕方がないかなと。先月のことです。4月30日にメッセージが来ました。「帰省しました!」と友人の原田さんから。彼女は同郷で現在京都大学大学院博士課程後期の大学院生をしております。研究のフィールドは私と同じ運動です。私はスロージョギングで、原田さんは癌と運動について研究するよう進めてます。とても楽しみな内容で、好奇心を唆られます。そこで、原田さんから研究計画をどうやって立てるのですか?という質問を頂きました。博士を取り立てて僭越ながら書いてみたいと思います。

 

(1)研究計画はどうやって立てるのか?

私の博士論文の研究計画は全て自分で立てたものではありません。師匠の田中宏暁先生からヒントを与えられて立てたものです。ヒントを与えられたから、なぜそれをやることが重要なのかが分かり、仮説が立てられました。どんな感じかというと、「坂本君、ランニングで乳酸閾値を測って、また別の日にニコニコペースで1分間走らせてみてよ。高齢者に。それからPTSも測るんだよ。面白いだろう!」最初は意味がさっぱりでした。。でも意味があって与えてくれた実験なので考えないといけません。そこで考えていくと「なるほどね!!」って分かったんです。それが分かったら、次にその仮説を証明するための方法論を考えました。つまり、計画が先ではなくて、「なぜか?」が先ですね。

 

(2)研究の意義を徹底的に考えないといけない

上にあげた研究仮説は「ニコニコペースで走ると乳酸閾値を超える」というものです。これを証明するための方法論はすぐに考えられると思います。次の2つの実験をランダムに行えば証明できます。①運動負荷試験で乳酸閾値を決定する(乳酸閾値スピード=LTスピード)、②ニコニコ笑顔を保てるとイメージしながら1分間走る(主観的ニコニコ走=RPS)。これでRPSがLTスピードを超えていれば、仮説が証明されたことになります。しかし、これだけだと「So....What?(それで、何?)」って言われそうです。

そのため乳酸閾値の意義をしっかりと伝えないといけません。つぎのような意義があります。

・乳酸閾値レベルは有酸素性能力を向上させる最小の運動強度と考えられている。

・乳酸閾値レベルの運動は高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病の予防に効果的である。

・乳酸閾値レベルの運動を踏台昇降で行うと、有酸素性能力のみならず太ももの筋力が向上する。

・乳酸閾値レベルの運動はきつく感じることがなく、RPEの尺度でいうと10〜12(楽である)の範囲になることが明らかになっている。

・運動負荷試験をせずにRPEを直接頼りにして走った場合に乳酸閾値を超えるかどうかを検証した研究は今までにない。

といったものがあります。つまり乳酸閾値は非常に重要で、もし仮説が証明されれば、個人が楽に感じるランニングスピードで十分に体力も、生活習慣病の予防も、脚力もつけることが可能なランニング法になることが世の中に提唱できるということになります。2つの測定を行うだけでも、意義あるストーリーが出来上がりました。自分で考えに考えた時、「なるほど」って思いついた時は快感でしたね。

 

(3)アイデアはどこから?

論文を読んでいると「うわ〜!これが最新なんだ。これの次に証明しないといけないのは◯◯だな」なんて考えてしまいます。ついつい追従しようと考えてしまいます。確かに研究には再確認も必要なので、模倣も大事だと思います。しかし、私はアイデアは現場が絡んで、これまで読んできた論文の情報から新たなものに繋がってくるように思います。現場でスロージョギングの指導をしていると、明らかに息を切らせながらオーバースピードになっているであろう速度で走っている人をよく見ます。乳酸閾値を超えることは大いに結構です。越えれば体力向上が期待できるからです。しかし、どれくらいオーバーするのか、それは許容範囲なのか誰もそのことを証明していません。こういう実験をするというアイデアも論文からのみではなく、現場からなのだと思います。一昨年のヨーロッパスポーツ医学会の時に田中先生に聞きました。「先生、研究のアイデアは論文をたくさん読むことから生まれるのですか?」と。すると田中先生「ナンセンス!現場からですよ。」と言われました。

 

(4)着眼点はどこから来るのか?

着眼点は未来だと思います。未来にどういったことを起こしたいのか?未来の人たちにどういった恩恵を与えたいのか?その発想があれば、今なにを証明しないといけないかが見えてくると思います。これは京都大学の森谷先生も言われていたことだと思います。未来に着眼点を置いて、合目的的思考で一気にブレイクスルーすると。

 

(5)一般的にはそう考えられていても「本当のところどうなの?」という発想

例えば、外でジョギングした場合と、室内でランニングマシンで走った場合では「きつさ」の感覚が屋外の方が楽に感じませんか?それはこの2つの環境を同じスピードで、RPEを聴取して比較することでどちらが楽か証明されると思います。もし屋外の方が楽に感じるということが証明されれば、いかにランニング環境を整えることが重要であるか、または風景が変わることで脳は楽に感じるという可能性が考えられます。一見当たり前だと思ったことでも「本当のところどうなんだろう?」といったことはたくさんあると思います。証明されることに重要な意義を見つけ出し、未来に生かしていくことが研究のスタートではないかと思います。それは例え単純な研究でもです。